HERO QUESTION
問いを、もう少し深く。
目の前にある物体は、それ自体が光っていなくても見えます。では、その物体から何が目に届いているのでしょう。目が物体へ何かを送り出しているわけではありません。見ることは、光源から始まり、物体と眼を通って成立する光の経路です。
光源から、物体を経て、目へ
太陽や照明などの光源から来た光が物体に届くと、表面や内部で反射・散乱し、さまざまな方向へ進みます。そのうち瞳の方向へ進んだ一部が眼へ入り、角膜と水晶体によって網膜上に像を結びます。網膜の視細胞が光へ応答し、その信号を脳が処理することで、私たちは形・明るさ・色を知覚します。
したがって、通常の物体を見る基本経路は、光源 → 物体 → 反射・散乱 → 眼 → 網膜です。眼から光が出ているのではなく、物体から眼へ届いた光を受け取っています。
光っていない物体

かなた
でも、物って自分で光ってないよね? それなら、物体から眼へ届く光はどこから来るの?

はるか
そう。多くの場合、別の光源から来た光を受け取っている。照明や太陽の光が物体へ届き、表面や内部で進む向きを変え、その一部が眼へ入る。自発光していない物体は、周囲の光を使って見えているんだ。
なぜ、横から見ても見えるのか
物体の表面から戻る光が一つの方向だけに集中せず、ある幅をもった方向分布を持つと、異なる位置にいる観測者へも光が届きます。白い紙やつやの少ない果物を少し横から見ても見えるのは、眼の方向へ向かう光が残っているからです。
ただし、どんな物体も光を完全に均等な強さで360度へ散らすわけではありません。方向分布は、表面の微細構造、材質、波長、入射角、内部散乱、吸収などで変化します。同じ物体でも、照明と観測位置を変えると明るさやハイライトが変わります。
光源 → 物体 → 眼

各物点から瞳へ入る複数の光線が、ピントの合った網膜上の対応する像点へ集まる。角膜と水晶体をまとめた等価薄レンズの近軸模式図。
図では理解しやすいように数本の光線だけを描いています。現実には、物体の各点から多様な方向へ進む光のうち、瞳という限られた開口へ入った成分を観測しています。眼の位置を動かせば、入ってくる光路も変わります。
鏡はどこからでも見えない

かなた
じゃあ、どうして鏡はどこからでも同じように見えないの? 白い紙なら横からでも見えるのに。

はるか
ここで、鏡面反射と拡散的な反射・散乱の方向分布の違いが効いてくる。鏡では特定方向が強く、白い面ではより広い方向へ光が分布する。ただし、実物はその二者択一ではなく、両方の成分を持つことが多い。
鏡と白い面
鏡では、滑らかな境界で位相関係が保たれ、入射角に対応する方向へ強い反射光が進みます。特定の物点や光源から鏡上の一点へ入った光は、その点の反射則を満たす方向へ進むため、そこから眼へ届く経路がなければ、その物点や光源の反射光は見えません。眼を動かすと、光が届く鏡上の位置や、映る対象の範囲も変わります。散乱性の面では方向分布が広がるため、複数の観測位置へ光が届きやすくなります。
光はなぜ反射するのかでは、境界条件と位相整合から、鏡面反射の向きと強さをもう一段深く説明しています。
表面は本当にランダムに反射しているのか?
「粗い面では光がランダムに反射する」という言い方は、方向が広がることを直感的に表すには便利ですが、厳密には十分ではありません。微視的な表面の高さ、傾き、粒子、空隙、屈折率の分布が、電磁場の振幅と位相を変え、その重ね合わせとして観測方向ごとの光の強さが決まります。
Microscopic surface structure: 凹凸の大きさだけでなく、傾きの分布や相関長、層構造も方向分布へ影響する。
Roughness: 同じ表面でも、粗さが光の波長に対して十分小さいか大きいかで、鏡面成分と散乱成分の比率が変わる。
Diffuse reflection / scattering: 表面または内部で光路が多様化し、広い方向へ光が分布する。完全な等方散乱を意味しない。
BRDF: ある方向から入った光が、別の観測方向へどれだけ出るかを表す方向依存の関数。材質、波長、入射方向、観測方向を結びつける。
Specular + diffuse: 実際の塗装、紙、皮膚、果物などは、鋭い鏡面成分と広がった拡散・散乱成分を同時に持つことが多い。
理想的なLambert面は、あらゆる方向へ同じ本数の光子を放つ面ではありません。方向によらず放射輝度が一定という理想化であり、面の見かけの投影面積によって放射強度には余弦則が現れます。現実の白い紙も、完全なLambert面ではありません。
観測位置を変えると何が変わる?

壁面の各点から散った光の一部が目に入り、それぞれ対応する網膜位置へ結像する。
図のA・B・Cは物体上の異なる点です。それぞれから瞳へ入る光が、対応する網膜位置へ集まります。一方、観測者の位置を変えると、同じ物点からでも瞳へ入る光路が変わります。複数の人が同じ物体を見る場合も、同一の光子を共有するのではなく、それぞれの位置へ届く光を受け取っています。
では、色はどこにある?
眼へ届く光の波長分布は、光源のスペクトルと、物体が波長ごとに反射・透過・吸収する割合、そして照明・観測の幾何条件の組み合わせで決まります。赤いリンゴが、どの照明下でも絶対的に同じ「赤」を持つわけではありません。
網膜では主にL・M・S錐体が異なる波長域へ重なりをもって応答し、その信号を神経系が比較・補正して色を知覚します。周囲の照明や順応状態でも見え方は変わります。色覚とスペクトルの詳しい関係は、物体の「色」は、どこに存在するのかへ続きます。
暗闇では、そこに物があっても見えない
通常の物体が存在していても、可視光の光源がなく、物体から眼へ届く可視光がなければ人の眼では見えません。見るために必要なのは物体の存在だけではなく、眼へ到達する光です。自ら可視光を出す発光体は例外ですが、身の回りの多くの物体は周囲の光に依存しています。
暗視装置には、わずかな可視光や近赤外光を増幅・検出する方式があります。赤外線カメラは人の眼とは異なる波長域を測り、熱画像装置は物体が温度に応じて放つ熱放射を捉えます。室温付近の物体の熱放射は主に赤外域で、人の眼には見えません。
概念説明のため、図では光を少数の光線として描いています。実際の見え方は、光の波動性、物体の空間構造、眼の光学系、網膜と脳の処理を含む連続した過程です。
観察者と光源を動かしてみる
鏡の虚像シミュレーターでは、観察者を動かして、鏡上のどの点から光が目へ届くかを比べられます。壁表面・拡散板では、反射する面と透過する拡散板の方向分布を比較できます。目へ届く経路と、その面にある模様の位置を分けて見てください。
さらに像と光の交差では、交差した光線が物点と像点の対応をどう保つかを確かめられます。本文中の図は代表的な経路を描いた模式図であり、すべての光線や実際の眼の形状を再現したものではありません。
眼の結像はOpenStax:The Eye、光線による像の扱いはFeynman Lectures:Opticsでも確認できます。
鏡の像はどこにあるのか
物体と観察者を動かすと、鏡で反射する光の経路は変わっても、虚像の位置が一つに定まることを確かめられます。
シミュレーターを開く
